航空機ドロップゾンデで観測できるもの

What Can We Find by Aircraft Dropsonde Observations?

中井専人(防災科研)・瀬古弘(気象研)

1. はじめに
 航空機ドロップゾンデ観測は、海上の気温、湿度のプロファイルの面的な直接測定が短時間でできる。海上は地上観測ができないのと、上陸による変質のない“pure”なメソ対流系の環境場を得られるのが大きな利点である。一方、現実の観測には制約があるため、観測対象、観測目的を絞って効果的に観測する必要がある。

2. ドロップゾンデ観測の実際
 1999年のX-BAIU観測でドロップゾンデ観測に主に使用されたのはセスナCitation V(中日本航空)である。Citation Vの航続距離は3000km前後あるが、実際のドロップゾンデ観測領域の最大サイズは1周約1000km程度である。これは観測領域までの移動、及びドロップゾンデ投下後の電波受信のための旋回に時間を取られるためである。
 飛行計画を作成してみると、観測コースは空域制限など種々の理由でかなり限定される。X-BAIU99では、予め設定しておいた複数のコースと投下点(例えば第1図)のうちから適切なものを選択するという方法を取った。ドロップゾンデ投下は1飛行6〜8本であり、予め投下点を選択して離陸し、状況によっては投下点を省略するようにした。
 観測時にはチェックリストを作成し、離陸前の機材時計、動作状況をなどを記録した。また、ドロップゾンデに対してはゾンデ毎にチェックリストを作成し、第1表のような項目をチェックした。
 フライト意志決定のための事前情報としては、観測可能領域のほぼ中心に位置した啓風丸のレーダーエコー図が最も有益であった。その他、GMS雲画像、気象庁レーダーエコー図、地上天気図、数値予報などを民間気象端末及びWWW経由で利用した。準備とフライトの所要時間を考慮すると、観測されるメソ対流系は事前に得られる情報から約3時間後のものである。6〜8点の観測に3〜4時間かかるので、解析では系周辺の水蒸気フラックスの定常性を仮定するか、観測後のモデル入力でゾンデ間の時間差まで考慮するなど注意が必要である。

第1表 ドロップゾンデチェックリストの主な項目
通し番号/ゾンデシリアル番号
免許証票、シリアルナンバーシール等張付け
発信チェック
投下点番号、雲などの状況
高度、気温、ピッチ角、速度、機首方位
投下時刻、緯度、経度
受信状況、雲などの状況
着水/中断気圧、気温、湿度、時刻


第1図 観測コース図。観測可能領域(太線)、2通りの予定飛行コース(実線及び点線)と予定ドロップゾンデ投下点(○及び□)が示されている。

3. 観測例
 1999年7月10日の観測例を示す。7月10日の観測は、海上におけるドロップゾンデ観測とTRMM観測の同期が目的であった。TRMMで観測された降雨の環境場をドロップゾンデで測定しようと試みたものである。TRMMの軌道情報はNASDAとCRLでそれぞれ作成されたものを利用した。TRMMの観測頻度は北緯30度付近は高い方であるが、第1図の観測可能領域を通過するという条件に合致するものは1回/日弱であった。
 第2図は観測時刻に近い地上天気図である。観測領域付近に明瞭な前線はなく、日本南岸に低気圧と熱帯低気圧があるが強いものではなかった。GMS雲画像でも梅雨前線の雲帯は北緯25度以南に南下していた。しかし7日午後から、梅雨前線より北に離れた観測領域付近に南北に立った可降水量傾度帯が存在した。この傾度帯は徐々に東進し、その付近では短寿命の雲クラスターが現れることがあった。
 10日0648JSTには可降水量傾度帯は観測領域の東端にまで移動していた(第3図)。05JSTには奄美大島の北西、可降水量傾度帯の西に南北に連なる対流雲列が発生し、雲クラスターを形成した。観測時刻には、この雲クラスターが衰弱期に向かっていたと思われる(第4図)。1100JSTの啓風丸レーダーエコーによると、啓風丸を中心として観測領域に南北に延びる降水強度4-16mm/hのエコーが存在し、高いところで10-12kmのエコー頂高度が観測されていた。


第2図 10日15JSTの地上天気図。 第3図 0648JSTのSSM/I可降水量。●は観測点。


第4図 10日13JSTのGMS雲画像。 第5図 ドロップゾンデ観測点(時刻をJSTで表す)、およびレーウィンゾンデ観測点(K:啓風丸、N:長島、ともに1430JST)。

 航空機ドロップゾンデ観測は1240JSTから1542JSTまでの間に行われた。また、この時間帯には啓風丸と長島観測点における1430JSTのレーウィンゾンデ観測がある(第5図)。
 1514JSTのドロップゾンデ観測では、約240hPa以下の気温、湿度、風が得られている(第6図)。第3図、第5図によると1514JSTの観測は可降水量傾度帯西側の湿潤域である。観測された成層は湿潤中立に近く、500hPa以下海面まで80%を越える一方、450hPa高度以上では50%以下の乾燥した層がしばしば現れた。湿潤域の観測ではいずれも同様な特徴が見られた。対照的に、長島1430JSTの観測では下層特に800hPa以下で湿度50%−70%の乾燥した層が存在した。これは可降水量傾度帯をはさんだ可降水量45mm以下の乾燥域の成層の特徴と考えられる。観測領域内の雲クラスターは、この傾度帯の湿潤域側に発達した。


第6図 1514JSTの観測結果。RH:相対湿度、θ:温位、θe:相当温位、θes:飽和相当温位、u:風の東西成分、v:風の南北成分。

 湿潤域から乾燥域への可降水量傾度帯の構造を見るため、啓風丸と長島を含む8点の比湿プロファイルを作成した(第7図)。湿潤域内では比湿プロファイルは一様で、気圧に対してほぼ直線的に減少している。一方、乾燥域にある長島では700hPa高度以下の比湿が湿潤域より〜4g/kg少なかった。可降水量傾度帯にある2点(1240JST、1542JST)はその中間の特徴を示し、可降水量傾度帯が700hPa以下の構造であったことを明確に示している。


第7図 観測された比湿プロファイル。8観測のうち5観測(実線)はほとんど重なっている。

 さらに観測領域付近の下層水蒸気フラックスを予備的に解析したところ、東方から流入した北西方向に抜ける水蒸気フラックスの存在がわかった。観測領域には水蒸気フラックス収束があり、そこで発達した対流が雲クラスターを形成していたと考えられる。

4. まとめ
 航空機ドロップゾンデ観測で測定されるのは、長さ約1000kmの経路上の数点の気温、湿度のプロファイルである。これらは3時間程度のタイムラグで得られる。では、この測定によって明らかにできる現象とは、例えばどのようなスケールのものであろうか。
 3節の観測例では、消滅に向かうものではあるがTRMMで観測されたメソβスケール雲クラスターを囲む成層を取得することができた。また、啓風丸、長島のレーウィンゾンデデータを加えることにより可降水量傾度帯の構造を捉えることができた。この例で解析できるのはメソβスケール雲クラスターの構造と環境場との関係である。
 一般的な言い方をすると、航空機ドロップゾンデ観測で得られるのは「大気構造のメソスケールのスナップショット」である。これは直接にはメソ対流系の収支解析に使用できるが、この場合メソβスケールの解像度しか持たない。しかし、現在ではゾンデデータはメソモデルへの入力、熱力学的リトリーバルや衛星データ解析の環境場として使用することができる。この場合はメソ対流系の内部構造の解析に有効なデータとなる。航空機観測では、通常の観測点の設置が困難な海上において、対象のメソ対流系を狙ったデータを取れるのが利点である。

謝辞 レーダーエコー図をお送りいただいた前平気象長ほか啓風丸スタッフの方々、及び気象庁海上気象課の水野技術専門官に深く感謝致します。

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